さようなら松村さん
初めてロッキング・オンを買ったのは1981年の7月号。ずいぶん昔の事なのに正確に書けるのは、最近出た50周年号に歴代の号の表紙の画像が並んでいたからである。創刊号から数えて7列目ぐらいの、キース・リチャーズの表紙。280円だった。
当時私は高校1年生。それまで読んでいた音楽雑誌と全く違う「ロッキング・オン」には、田舎の高校生の価値観を変えてしまうような、何かがあった。
その当時から、掲載されている文章で一番好きだったのが、松村雄策さんの文章だった。松村さんの最初の単行本「アビイ・ロードからの裏通り」は、本当に、繰り返し繰り返し何度も読んだ。こんなに読んだのだからと、夏休みの読書感想文を書いたら褒められたような気がする。
それからずいぶん時が経って、同人誌みたいだった「ロッキング・オン 」もずいぶんと変わった。でも松村さんはずーっと文章を書いていて、それを毎月読むのが楽しみだった。脳梗塞で倒れた時は心配したけれど、ほどなく復帰して変わらぬ文章を書いてくれていた。
だから癌で療養中だと聞いた時も、また復帰してくれるような気がしていた。しぶといもんな。松村さん。
松村雄策さんが亡くなった。享年70歳。もうあの文章は読めないんだな。そう思う。
松村さん。お疲れ様でした。そして、本当にありがとうございました。
当時私は高校1年生。それまで読んでいた音楽雑誌と全く違う「ロッキング・オン」には、田舎の高校生の価値観を変えてしまうような、何かがあった。
その当時から、掲載されている文章で一番好きだったのが、松村雄策さんの文章だった。松村さんの最初の単行本「アビイ・ロードからの裏通り」は、本当に、繰り返し繰り返し何度も読んだ。こんなに読んだのだからと、夏休みの読書感想文を書いたら褒められたような気がする。
それからずいぶん時が経って、同人誌みたいだった「ロッキング・オン 」もずいぶんと変わった。でも松村さんはずーっと文章を書いていて、それを毎月読むのが楽しみだった。脳梗塞で倒れた時は心配したけれど、ほどなく復帰して変わらぬ文章を書いてくれていた。
だから癌で療養中だと聞いた時も、また復帰してくれるような気がしていた。しぶといもんな。松村さん。
松村雄策さんが亡くなった。享年70歳。もうあの文章は読めないんだな。そう思う。
松村さん。お疲れ様でした。そして、本当にありがとうございました。
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