世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド

村上春樹が「羊をめぐる冒険」で示した不思議な世界観は、彼の文学の本質的な部分を示していたように思う。そして続く「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」。確立された文学世界が圧倒的な作品だった。
「羊をめぐる冒険」や「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」が文庫で発売された頃が、私が一番熱心に村上春樹を読んでいた頃だった。初期の村上春樹の小説は中編や短編が中心だったので、当時発表されていた彼の小説のほとんどを、この時期に読んでしまった。私が20代前半の頃である。

そして87年の「ノルウェイの森」で、村上春樹は突然、大ベストセラー作家になってしまう。これは例えばブルース・スプリングスティーンとっての『Born in the U.S.A. 』やマイケル・ジャクソンにとっての『Thriller』のような作品だった。当人の思惑や認識に関わらず、周囲の状況は一変し、当然作風は変化する。

村上春樹ファンだった当時の私は当然「ノルウェイの森」を読んだのだけど、それほど感心しなかった。「羊をめぐる冒険」や「世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド」の圧倒的な世界観から見ると、ずいぶんこじんまりとした作品に感じてしまったのだ。
その時感じた違和感のようなものを例えるなら、本質である苦いロックンロールが失われた、甘いメロディだけのビートルズを編集したアルバムを聴いている時のような、居心地の悪さだったような気がする。80年代の後半に消費されるにはぴったりの素材だったのかもしれない。

しばらく村上春樹の小説を読むのはやめよう。そんなふうに思ったのは「ダンス・ダンス・ダンス」を読んだ後だったと思う。私は20代の中盤にさしかかっていて、数年間続けたアルバイト暮らしを止めて、正社員として働く事を決めた頃だった。


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